羽後町立図書館ブログ

秋田県・羽後町にある町立図書館の活動を紹介します。

手作り「盆踊り紙芝居」①~後編

◆羽後町立図書館は現在臨時休館中(~8月18日までの予定)です

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(昨日の 手作り「盆踊り紙芝居」①~前編をご覧になってから、続けて見ていただければ、わかりやすいと思います。

 

 

 西馬音内盆踊りの古来・由来・未来

            【参考資料】  「篝火慕情」小坂太郎・著 

 

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 ここで、羽後町郷土カルタを紹介しましょう。

「年貢米 鵜の巣舟場で 荷積みする」

「二五八に 季節並べて 朝の市」

 

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 江戸時代になり、しばらくして世間が落ち着いたころ、

 北前船が航海するようになり、明治初めまで続きました。

 上方今の関西から北海道までの日本海を、いろいろな港に寄って商いをしながらの往復でした。

 

 秋田の港に荷揚げした品物の一部は、雄物川を上って鵜の巣舟場に下ろしました。

代わりに、このあたりで作られた米などが乗せられました。

 そんなふうにして、このあたりにも市場が出来ました。

 上方の洗練された文化の雰囲気も味わえたでしょう。

 

 北前船によって流れ込んできた文化やあか抜けた所作が、後々の盆踊りに変化をもたらしたのです。

 

 

 

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 昭和十年に、全国の民俗芸能を披露する催しがありました。

 そこに西馬音内盆踊りが選ばれたのです。

 

 思いがけない指名に大あわて。町をあげて準備をしました。

 お金持ちの地主が中心となっての動きでした。

 出演者たちが手作りした揃いの衣装を準備し、踊り手と囃子方の人を揃え、内蔵で稽古が繰り返されました。

 お囃子も太鼓と笛に加え、三味線と鼓、鉦もあつらえました。舞台栄えのする、洗練された華やかな踊りに仕上がりました。

 

 

 

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 ドドンガドンナは「音頭」です。

 秋田音頭そのままのお囃子に「地口」という歌詞がつきます。

 地口はこの土地の言葉を使い、日々の暮らしや世相を表し、まるで、ラップのようです。

 

 明るく親しみ易くて、豊年の喜びを表していると言われています。

 けれど、なぜかその踊りはしっとりと優雅に舞われます。

 一見、不釣り合いな組み合わせに見えますが、それがまた、独特の魅力にもなっています。

 

 トトトン カカカンは「願化」です。お囃子は、甚句です。

 哀愁が漂い、幻想的な雰囲気が

 「亡者踊り」と言われる由縁となっています。

 

 編笠や彦三頭巾で顔を隠して踊ります。

 踊り手は、興に乗り一心不乱に舞い始めると、精霊と一緒になる錯覚を持つことがあるとも言われています。

 まさしく、盆供養の踊りなのです。

 

 踊りの輪の外側を、現世とみなし、先祖を弔って踊る輪の中をあの世と考えます。

 踊りの輪は結界なのです。

 

 ですから輪の中に入って移動したり踊り子たちに触れたりすることは、なさらないでください。

 

 

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 羽後町には、お盆休みを、盆踊りの期間に合わせて、帰郷する人が多くいます。

 踊る人、観る人、そして盆踊りに送り出してやる人、皆がつながっています。

 

 盆踊りが終了に近づくときお囃子のリズムは速さを増して、次第にゆっくりとなり、それを繰り返し、終わりのときを迎えます。踊り手たちは櫓の下へ集まり、拍手で囃子方をたたえます。

 囃子方は、お返しのフレーズとお仕舞の曲を奏で、観客と踊り手に応えながら打ち止めとします。

 踊り手たちは、少し着崩れた衣装に踊り切った満足な表情をのせて帰途へつくのです。

 

 こうして、盆踊りの夜が幕を閉じます。

 

 

 来週後半には、もう一つの紙芝居を掲載予定です。お楽しみに!